#23 若者のための音楽全集|schola(スコラ)とは何だったのか? 第1回_小沼純一(音楽評論家)
坂本龍一さんが2008年に立ち上げた音楽百科プロジェクト「schola(スコラ)」。クラシックから現代音楽、世界各地の伝統音楽からパンクやテクノまで、多岐にわたるジャンルを全30巻に収めるこの構想は、楽曲と解説ブックレットを収録したCDブック「commmons: schola」として始動し、のちに「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」としてNHK教育でテレビ番組化されました(2010–2013年)。
未完ながらもあまたの読者を刺激し、現在もカルト的な人気を誇るscholaはいかなる理念のもとに立ち上がったのか。制作現場ではどのような会話が交わされていたのか。
本連載では、坂本さんとともにscholaを作り上げたコラボレーターたちに制作当時のお話をざっくばらんに訊いていきます。初回は、音楽評論家の小沼純一さんが登場。半数以上の巻で座談会に参加した「commmons: schola」の中心メンバーである小沼さんが「スコラ」の番組収録現場で目撃した、“教授”の痺れる一言とは――。

scholaの作戦会議
小沼:2007年3月に坂本さんから「ちょっと話したいんだけど」というメールが届いて。坂本さんとは一度会ったくらいでしたが、いついつと言われて、のこのこ会いに行きました。
小沼:よくわからないまま、でしたね。日にちを1日間違えて、前の日に(笑)。六本木のホテルの会議室へ行ったら、「今日はそういう予約は入っておりませんが」と言われ、確認したら次の日だった。それで、翌日また行きました。せいぜい1人、2人だと思ったら、坂本さんを含めて5、6人ほどいらっしゃる。
小沼:当時のcommmonsの関係者です。そのうえ、何ページにもわたるフルカラーのプレゼン資料が用意されていて、何やらえらいことになっているな、と。表やグラフがいくつもあって、驚いたのを覚えています。そこで、坂本さんに「教育的なものをやりたいと考えているんだ」と言われました。何でもいろいろ聴くのはいいけど、ある程度系統立った考え方は必要なのではないか、というのが坂本さんの問題意識でした。ご本人がそういう風に育ってきたというのもありますよね。1980年代はポストモダンと呼ばれる時代で、体系的なことはどうでもいい、と言われていましたが、坂本さんも年を重ねるにつれ、文脈を理解することって大事だよね、という感覚になったんだと思います。
小沼:その半年ぐらい前に、『音楽(あたらしい教科書 8)』(プチグラパブリッシング)という本を監修していたんです。20世紀の1年ごとに、ひとりのアーティストもしくはひとグループを紹介し、できるだけ幅広い世界を扱いながら、とくに20世紀をクローズアップする音楽史を辿るという試みでした。scholaの打ち合わせにも、参考資料として持って行ったんですね。そうしたら、出席していたみなさんが一斉に同じ本を取り出されて……思わず笑ってしまいました。
小沼:「schola」のコンセプトと近かったんだと思います。そこからやろう、という話になり。クラシック系の演奏者の選択やライセンス取得が思った以上に難しいのではないか、と、会議をしてから実際にうごきだすまで1年ほどかかったかとおもいますが、その後、第1巻の「J.S. Bach(バッハ)」から刊行していきました。坂本さんは刊行前から、「BRUTUS」などの雑誌媒体のインタビューで「commmons: scholaというシリーズをするんだ」と語っていたので、かなり話題になりました。ネット媒体よりも雑誌のほうが、当時まだまだ広報力があったんです。
なぜ対話形式だったのか
小沼:そうです。言葉で音楽の歴史を解説しないといけない、という意識はチームでも共有されていました。CDは、今の感覚からすると、配信でいくらでも音楽が聴けるし、なくてもよかったのでは、と思うかもしれません。でもそれはもうすこし経ってからの感覚です。どんな楽曲でも配信されているというわけでもなかったですから……。
小沼:そうでしょうね。またね、坂本さんは、クラシックの選曲にすごくこだわったんですよ。
小沼:参加者が満場一致で、これはすごい!という演奏があります。坂本さんもそこは意見が分かれない。でも、「これは使えない」と言うことがある。なぜなら、1カ所間違えている、と。「え、いいじゃん」と私なんかは言うわけです。そんなの誰も気にしないよ、って。でも坂本さんは「作曲家として、間違えたものは入れたくないんだ」と。
小沼:もし自分が作曲した曲が間違いのある演奏で音楽全集に入ったら嫌だ、ということです。音質が良くないという理由ではずした名演奏もありました。古い録音のものとか。ただ、どうしてもというものは、坂本さんがみずからリマスターして収録していましたね。
小沼:自宅でもできるぐらいのリマスターだとは思うんだけれど。だから、凝っているんです。いわゆる「コンピレーション・以上」ではある。
小沼:当時、丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士が対話形式で架空の文学全集を構想する『文学全集を立ちあげる』という本が出ていて、そのイメージが、坂本さんの頭にあったのだと思います。
小沼:最終的には坂本さんが選んだものが多かったと思います。第1巻の「J.S. Bach」は、坂本さんが選んだ演奏のリストがあらかじめ用意されていて、その楽曲を聴きながら話しました。でも、それでいいのか、という話になり……。
小沼:このやり方だと、まず時間がかかる。坂本さんが候補になりそうな演奏を全部ひとりで聴かなくちゃいけないわけなので。それから、選曲ありきで話をするから、座談がそこまで弾まない。
小沼:最初の数巻は、わりあいそんな感じだったと思います。「Jazz(ジャズ)」の座談会では、山下洋輔さんに参加してもらいました。山下さんから見たジャズ史みたいなものを期待していたんですね、坂本さんは。ところが、山下さんは、自分の音楽と関係する事柄は語れるけれど、じぶんが活動し始めた「あと」のジャズについてのながれにはあまり饒舌ではない。それで、大谷能生くんにも参加してもらったようです。細野晴臣さんと高橋幸宏さんが参加した「Drums & Bass(ドラムズ&ベース)」回も、歴史的な話というよりは、自分たちが聴いたり知ったり、通ってきた音楽の話によっている。坂本さんとしてはscholaを通して、自分が知らないことを教わりたいという気持ちもあって。
小沼:クラシックは坂本さんが網羅しているので、王道の音楽史ではないけれど、大体の流れを掴むことはできるんです。でも、日本の伝統音楽とかアフリカの音楽については、坂本さんも専門外なので。むしろ勉強したいという気持ちがあったように思います。

スコラの番外編とも言える公開講義「commmons: schola 音楽の学校 クラシックから歌謡曲まで」(2010年4月17日、紀伊國屋サザンシアター)の一幕。
客観性より、個人性を
小沼:その後、「Debussy(ドビュッシー)」あたりからは、収録で集まるときに話しながら選曲を固めていくようになりました。企画会議の会話がそのまま文章になったら面白いだろう、ということで。
小沼:ただ、選んだ楽曲すべてのライセンスが取れるわけではありません。坂本さんはグレン・グールドが好きだから、グールドの演奏を入れたい。オーケストラだったら、ピエール・ブーレーズが指揮をしている音源を入れたい。両方とも、ソニーが権利元なのですが、出したがらなかったんですね。それでも、どうにか入れたいわけです。それで、坂本さんが直談判に行きました。
小沼:そうしたら、「グールドの坂本コンピレーションを監修してくれますか」と言われたそうで。このように、坂本さんの尽力で特別に使用許可がおりた曲もありました。そんな経緯もあるので、クラシックの選曲は他所ではなかなかできない選曲だと思いますし、配信サービスで聴けない演奏も多いはずです。
小沼:決まっていました。「commmons: schola」刊行に先立って、河出書房新社が池澤夏樹=個人編集の世界文学全集を出していました。それを坂本さんはひとつのモデルとして考えていたんです。変に客観性を目指すのではなくて、ある種の個人性を出していく、ということですね。
小沼:ただ、実際に始めてみると、いろいろな変更もありました。後半に予定していたブラジル音楽の回では、はじめ坂本さんとトリオを組んでいたブラジルのチェリスト、ジャキス・モレレンバウムに参加してもらう予定だったんです。だけど、しばらくして、坂本さんが「(彼と)考え方が合わなくなってきたんだよね」と言いはじめ、ペンディングに。他の候補も考えたんだけど、決まらなかったところを見ると、坂本さんとしては今ひとつ合う人がいなかったんでしょうね。
小沼:そういうことはありましたね。私はイランやアラブといったイスラム圏も、なんとかやりたかったんです。でも、坂本さんは「まだ勉強が足りないから」と。「そんな、勉強しなくてもいいから!」とは言ったんですけど。
小沼:すごく準備されていました。受験勉強の人ですよ。あの世代の受験って相当大変だったんじゃないかな。頭が良い人だし、いい加減じゃないんです。
commmons: schola vol.1 J.S.Bach講義動画(前編)
若い世代に「音楽」をどう伝えられるか
小沼:テレビ番組ではよくあることですが、出演者用の台本があります。誰がどのタイミングで何を喋るか、それと番組全体の流れが書いてある。「スコラ」の収録現場でも台本が配られたのですが、坂本さんが「こんなの要らない」と跳ね除けて……。
小沼:「勝手にしゃべるから、あとは適当に編集して!」と。かっこよかったですね。それが初回の収録でした。最初の頃は割と、こういうのではできない、とか言ってました。わがままといえばわがままなんですけど、でも、それが番組にはよかったんですね。
小沼:「スコラ」では、人気のある回から収録していったと思います。たしかロマン派はやっていない。
小沼:そう、あれは内容が濃くて、すばらしい回でした。他にないですよ。本当は「スコラ」をソフト化してくれるといいんだけど……。海外で撮影された記録映像の権利とか、放送はできてもソフト化は難しい、というような事情があるみたいですが。
小沼:「commmons: schola」を始めたとき、坂本さんは50代半ばですよね。やはり、自分のなかにあるものを一旦整理しておきたいという思いがあったんじゃないでしょうか。自分の体験を考えても、40代とかもっと若い頃って、知識を入れたり出したりはできるけど、整理はできない。整理はある程度、年を取らないとできない。
小沼:もうひとつ、息子さんのために、という意識もあったようです。ニューヨークで小さい息子さんと過ごすなか、音楽について質問されることが多々あったみたいで。美術館に一緒に絵を観に行った子どもが、「これって何なの?」と訊ねるような場面ですよね。息子さんを通して、下の世代に音楽のことをどう伝えていけるだろうか、と考えるようになった。そこで出てきたのが、音楽全集というアイデアだったんだと思います。
小沼:「commmons: schola」は坂本さんがいたからできたわけで、あの続きというのは難しいでしょうね。音楽はもちろん、映画や文学のことまで広い見識をもった人はそうそういないから。世代の問題もあると思います。坂本さんの世代は、学生運動もあったし、と同時に美術や映画のような文化がごちゃごちゃと混ざり合っていた。坂本さんより6、7歳下の私も大体似たようなものです。それが80年代半ば以降になると、ちょっと違ってくる。
小沼:今、大学で「音楽文化論」を教えているんですけど、最初の授業では、50年前の音楽を聴いてもらいます。2025年だから、今年だったら1975年の音楽。すると、聴いたことがない、という反応が返ってくる。レヴューシートには「自分は音楽に詳しいと思ったけど、そんなことないんだ、とわかりました」と。それはそうですよね。世界に音楽はどれだけあるんだ、と。
小沼:ですから、継承かどうかはわからないけど、若い世代には、今残された「schola」を手に取ることで、音楽に対する自分なりのパースペクティブを見つけてもらいたいです。数巻だけでも、好きなジャンルの一巻だけでも読めば、ある音楽の流れみたいなものは掴めると思います。
小沼純一(こぬま・じゅんいち)
早稲田大学文学学術院教授。専門は音楽文化論、音楽・文芸批評。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。創作と批評を横断した活動を展開。近年の主な著書に『武満徹逍遥』(青土社)、『音楽に自然を聴く』(平凡社新書)、『本を弾く』(東京大学出版会)、『映画に耳を』(DU BOOKS)ほか。創作に『しっぽがない』(青土社)、『sotto』(七月堂)などがある。最新の近著は『ことば より そう』(論創社)。